「何をし、何をしてはいけないのか?」 よそ者のとるべき所作とは?

~名古屋市立大学大学院人間文化研究科の地域づくりセミナー~

12月9日の午後、名古屋市立大学大学院人間文化研究科の地域づくりセミナーに参加しました。これは、私が所属する地域づくりユニットが主催する7回目のセミナーだそうです。

このセミナーには青年海外協力隊としての活動経験者である2人が話題を提供。まずは、現在フリーランス・ファシリテーターとして活動する稲葉久之さんが「セネガルで考え、名古屋でやってみたこと―触媒としてのよそ者」と題してプレゼン。続いて、現在長野県小川村に移住生活中の中村雄弥さんから「よそ者の限界、覚悟ある住民として―アフリカ・福島経て信州」というタイトルでこれまでの多彩な経験を伺いました。

青年たちの話を聞いていて強く感じたことは、「自由に生きる」という姿勢です。2人とも関心のおもむくまま、人生という道を選んできたという印象を持ちました。特に中村さんの「3,000m級の山がないところには住めない」という冗談まじりの本音を聞いたときは、とても羨ましいと思いました。私は断然、海派ですが。

ところで、協力隊員として赴任したセネガルでの活動を通して稲葉さんが心がけたことは、「耳を傾ける」「問いかける」「焦らず状況把握する」の3点で、言葉で通じ合えない時期から現地の人たちに「話したいことを話してもらう」ことに徹したそうです。こうした態度を続けることで信頼関係を築くことができたといいます。

帰国後は、名古屋のとあるまちづくり協議会に所属し活動。そこでは「依存を生まない棲み分け、手を出し過ぎない関わり方」「人と情報が集まり、交わり合う場・機会をつくる」「まちの歴史を振り返り、これからを考える」という協議会スタッフとしての立場に気付き、「触媒としてのよそ者」の役割を考えるようになったそうです。「自分の役割を見極める」「焦らない。勝手に判断しない」という「よそ者」としての所作を模索している姿は、私が長く携わって来た中間支援活動にも通じることで、とても共感を覚えました。

一方、中村さんのお話はとても刺激的でした。名古屋で生まれ育ち、北海道大学で学び、卒業後は中日新聞の記者として勤務、そして青年海外協力隊としてマラウイへ、帰国後はNGO職員として福島で東日本大震災の復興支援に関わり、その後は地域おこし協力隊として長野県の小川村に赴任。そこでは、よそ者ではなく住民として住み続けるつもりとのことです。

中村さんは稲葉さんとは対照的に、「よそ者視点をもった住民」になることを選択。きっかけは大学時代に卒論のために行った四万十川流域の調査で、住民から投げかけられた「お前の調査のために、ここで生活しているわけじゃない。本当に知りたければここに住め」という言葉。以来、中村さんの心にずっとこの言葉が残っていて、それが小川村への移住へとつながりました。

同じ「青年海外協力隊」として活動した2人ですが、関わりすぎない「触媒的よそ者」の役割を探る稲葉さんと「よそ者の視点を持った移住者」となった中村さんという、立場の異なる「よそ者」が、それぞれの地域にどのような変化を生み出すのか、今後の展開がとても楽しみです。