「その日は突然やってくる」   ひとりっ子シニアの実家じまい①

離れて暮らす88歳の実家の母が突然倒れました。

「さぁ、どうしよう」

「何から手を付けたらいいの?」

母の入院から怒涛の3カ月が始まりました。


入院、転院、施設入所、実家処分と同時並行で一気に進めた「実家じまい」の顛末を書いていきます。

突然のヘルパーさんからの電話で始まった大騒動

昨年9月のある日、母のヘルパーさんから突然の連絡がありました。

「お母さんが3日間、飲まず食わずでベッドから起き上がれない状態です。至急、来てください」

高速道路を飛ばして実家に行くと、やつれた様子の母がベッドにぐったりと横たわっています。何を聞いても「痛い、痛い」と言うばかり。腰が痛くて動けないらしい。それも尋常ではない痛みのよう。

早速、かかりつけの医師に電話で相談しましたが、内科では判断できないとのこと。車で病院に連れて行こうにもベッドに座ることすらできません。結局、救急車で救急病院へ移送して頂きました。その間、「痛い、痛い」と叫びっぱなし。診察の結果、「第12胸椎骨折」でした。みぞおちの後ろ側当たりの背骨がつぶれていたようです。以前から骨粗鬆症の薬を飲んでいましたが、その効果はどうだったのでしょうか。

即入院。その急性期の病院に4週間入院した後、リハビリのための病院へ転院し、更に4週間の入院です。この入院生活で母はすっかり生きる意欲を失くしてしまったようで、ボーっとしていることが増えました。

看護師さんのアドバイスで施設探しスタート

急性期の病院は長期間の入院ができません。担当の看護師さんから「歩こうという意欲が無い人がリハビリ病院に入ると辛いし、すぐに出されてしまいますよ」と言われ、退院後の居場所を急いで探すことに。選択肢は3つ。実家近くの高齢者施設、リハビリ病院、私の住む町の高齢者施設です。急な話でもあり、2週間程度で次の居場所を探すのはかなり難しく、結局、急性期病院の系列であるリハビリ病院に転院することになりました。母には辛い訓練かもしれないと心配しましたが、ベッドに横になっていることが多く、早々に退院を促されました。

母の入院中は、当然、頻繁に病院へ行かなければなりません。ひとりっ子とは言え、私も立派な高齢者です。頭も身体も思うように動きません。往復3時間の車移動が次第に苦痛になってきます。当初は、実家の近くの施設を中心に探していましたが、「あんたの好きなようにしていいよ」という母のひと言で、私が暮らす町の施設に移ってもらうことにしました。

ところが、そう簡単に事は運びません。どこにどのような施設があるのか全く知らなかったからです。そこで、「みんなの介護」というサイトで検索し、いくつか資料を送ってもらい、その中からこちらの条件に合う4つの施設を見学しました。即入居できるのは2カ所。幸運なことに、こちらの状況に合った施設に入ることができました。そこは、自宅から車で5分の住宅型有料老人ホームで、「いつでも行ける」という安心感からそれまで重かった気持ちが少し楽になりました。

自宅には戻れない、メンテナンスも大変、思い切って処分しよう!!

実は、今回の大騒動で一番大変だったのはこれ。母が倒れる2年ほど前から、次第にごみ屋敷化していく実家が心配になり「一緒に片付けよう」と言っても無反応。娘と2人で少し片づけただけで「それはまだ使うから」とゴミ袋から出してくる始末。特に衣類の量が半端なく、脱ぎ捨てた衣類が堆積する様子を見るだけで「片付けよう」という意欲が根こそぎなくなっていました。

入院を切っ掛けに母が実家に戻らない事が決まった時、空き家になる築50年の実家を持ち続けることに大きな不安が生まれました。ひとりっ子なので相続で揉める心配がないかわりに、さまざまな負担が一手に圧し掛かってきます。その負担を少しでも軽くしたいというのが、私の一番の望みでした。何故なら、私が残した負担は子どもたちが負うことになるからです。それは、可能な限り避けたかった。という訳で、実家を売却する決心をしました。

次回は、実家整理で「良かったこと」「残念だったこと」などについてまとめます。